商 号 株式会社 WAKO
資本金 5,000,000 円
住 所 〒411-0022 静岡県三島市川原ヶ谷591-2 TEL:055-981-6470/FAX:055-981-6468 〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目14-9
会社設立 平成12年2月
事業内容 エステティックサロンの経営エステティックサロンの経営コンサルティング 食料品の販売、化粧品・医薬部外品・健康食品の販売 美容器具・健康器具の販売 宝石・貴金属・アクセサリー・時計・バッグ・皮革製品 飲食店の経営 カルチャー教室の経営
社員数 4名
店舗数 2店舗(日本エステティック協会認定サロン)
代表者 代表取締役  和田 和子
加盟団体 日本エステティック協会 日本ヘルス協会
取引銀行 みずほ銀行 三島支店 三島信用金庫 松本支店 ジャパンネット銀行 スルガ銀行 三島セントラル支店

W A K O の進んできた道

化粧品期

1985

【美容家への道】スタート、訪販レディの イメージ変革 大手電子機器メーカーに就職した和田和子は、社会人として基本であるメークを楽し むことと同時に、肌荒れに悩まされるようになった。給料の大半を費やしても根本的 な改善は望めず、あきらめかけていたその時、知人の紹介でO社に出会う。OL生活半 年後のことだった。アドバイザーによる丁寧なカウンセリングから、トラブルの原因 ?改善方法、お手入れ方法の指導があり、これまでの化粧品メーカーとは、何か違う ものを感じると同時に、O 社の化粧品の威力を知った。美容術の深さへの意欲は高まり、 訪問販売員としてO社に入社。OL業と美容業ふたつの職業を兼ね、お客様参加型の美 容教育により、恐るべし人脈展開のスピードにより、化粧品売上・訪販レディの組織 作りから収入は3倍以上となる。ファッション、ヘアスタイル、車などスタイリッシュ な姿や、販売会議を重視しない一見奔放な仕事ぶりなどから、「訪販レディのイメージ を一新した人」と評される。

1986

営業所所長に昇格 登録販売員作りの実績はめざましく、3ヵ月という速さで最速・最年少(20 歳)で営 業所長に昇格。O社内では一目置かれる存在となる。一方、本業の部署でも「仕事が非 常に速くて正確」と信頼を得ていた。仕事をこなすために必要な手際とダンドリ術は 兼業経験から得た収穫である。また、当時を知る人によると、和田の笑顔(=smile) は魅力的で、信念と熱意に引き込まれたという。
プラス・エステ期

1987

O社営業所「ウイング」設立(静岡県三島市大場) 会社では「素直で仕事の速い優良社員」、美容業では人材作りに重きを置くリーダーと して頭角を現していた。ウイングはカウンセリング化粧品販売の拠点として発足したが、 優秀な販売員が多く集まる中、当初はサービス的に行っていたフェイシャルマッサー ジから、よりソワン(お客様に快感や満足を与える心配り)の心をかね揃えた本格的 なエステティックへの期待感が高まっていく。化粧品だけでは実現しえない「より高 度な美しさ」へのステップアップが始まる

1988

夢の実現へ?地域屈指の美容家に 電気機器メーカー退社後、本格的に美容の世界へ。化粧品販売を基盤にトータル美容(補 正下着、ジュエリー、健康食品など)の領域を少しずつ広げていく経営スタイルと指 導力が高く評価される。O社は和田を全国講師に抜擢、弱冠二十二歳が諸先輩方を相手 に講師活動を展開し、度胸をつけていった。また、この時期から美容イベントを積極 的に行うようになり、更に組織は裾野を広げ地域屈指の美容家に。個人活動が主体で ある訪販レディのトップとして、組織の結束力を高めていった。
コラボ・サロン期

1990

ヘアとエステティックの融合サロン 「トータルビューティーウイング」設立(三島市安久) 個の尊重をモットーに、組織つくりを展開していく中で、美容師資格をもったスタッ フを生かそうとシャンプー台とカットスペースを設け、お客様はヘアケアとスキンケ アを同店内で受けることができるお店を実現させた。ヘアケアにもこだわりを持ち、 美容院が大好きだった和田にとって、このコラボは自分自身のニーズそのもの。また、 当時はまだなかった「完全予約制」を採ったのも、客として「こうだったらいいのに」 の具現化である。和田の仕事はこの「一客としての目線」が基準となっており、以降 も継続する。
実用的な癒しのサロン期

1992

業務拡張とエリア開拓のため移転(三島市中央町) 連日満員のサロンは多忙を極めた。より多くの方々に利用していただくため、そして 新たなエリア開拓を見込んで市内中心部に移転。エステティックサロンのあるべき姿 の充実の為に、より本格的なエステティックの域まで技術を向上させながら、例えば 子育て中の母親でも気兼ねなく訪れられる環境提供や価格など、エステサロンの実用 性を追求するために、子育て中のスタッフも加え、ライフスタイルトータルで美を考 える原点となる。

1998

店舗名を「サロンソワール」に改名 時代のキーワードは「癒し系」となり、美容業界にも影響が。エステサロン数が急増し、 その多くは大型エステ機器を導入し、広告費をかけて人を呼び高額なコースを主とす るサロンであり、そうしないサロンは姿を消していった。和田が決断した方向性は「そ うしないサロン」、ハンドを主体とする実用エステの正統派。「個々の尊重(=respect)」 と「美と健康のトータルプロデュース」(=total produce)を新たな指針とし、ハンド ケアの充実と個別対応(=order made care)の徹底に向かう。店舗改名はこのような 時期であり、ソワール(=夕日)のように、真に人を癒せる温かいサロン(高い技術 を提供でき心も通い合う社交場)。そしていつまでも飽きのこない豊かな継続性(= your beauty partner&sustainability)と輝き(=bright)をその名に託す。また、サロ ンカラーである夕日色のオレンジは「出会いの色」。一期一会に感謝して長く温め続けたい 和田の真意が込められている。

1999

本社・店舗ともに移転(三島市川原ヶ谷) ビル店にも関わらずサロンは繁盛。和田の願いどおり、昼間は子連れのお母さんたち が集まり、スタッフの子どももまとめて交代で子守りをする。夕方以降は仕事帰りの OLで賑わうため、お客様が引けると22 時を回るという日々が続く。労を労い,こ れからの展望をスタッフと語りあう癒しの場と和田が選んだ場所は、箱根の入口にあ るイタリア料理店。店からの夜景は三島・沼津市街が一望できて、実に美しく、一日 の疲れを癒してくれた。そんな折、料理店の2階をサロンにという話が持ち上がる。 路面店への憧れはあったが、2階からの眺めは富士山と駿河湾を望む絶景。とくに沈 む夕日の神秘と雄大さが決定打となり、三島市内でも空気感の異なる清涼な一角に新 生ソワールが始まる。

2000

有限会社レジーナ設立、同社長に和田和子が就任 法人化のエピソードはユニークだ。それまでは和田をトップに、O社化粧品の組織体制 を主軸に、経営のknow howを学ぶ為に和田の下に集まったスタッフ(各々が「個 人事業主」)と共に、フラットなスタンスでサロン運営に関わってきた。かねてより考 えていたスローエイジングの為に導入したリフティングコスメの売上が、和田が率い るグループにより、前代見聞の伸びとなり、メーカーから「法人でないと取引できない」 と。いわば強制的な法人化である。これが機になり、社長に和田が就任し企業として 新たなスタートを切る。なお、レジーナ(Regina)はラテン語で女王。お客様に女王 様気分を味わっていただきたい思いからの命名である。

2002

リンパドレナージュの導入など、ハンド技術の充実を図る 究極の癒しができるのはハンドテクニックとこだわり、女性の花形のエステティシャ ンの地位の向上を目指す中、世の中の美容のキーワードは「デトックス」が主となる。 その流れを早々にキャッチした和田はリンパドレナージュの資格を取得し導入。これ に先立ち、リフレクソロジー、整姿・整膚といったハンド技術を加え、デトックスア イテムの充実を図っていく。
外側ケアと内側ケアの双方向美容初期

2006

社名変更「株式会社WAKOビューティープロモーション」に 法人化から6年、お客様に癒しを提供するだけでなく、プロとして美しさと魅力を引 き出し(find&grade up)プロデュースするという点に社のあるべき姿を集約、社名を 変更。「レジーナ」は化粧品販売の営業所名とし機能を分化。これにより、WAKO の 社会的役割を考えていこうとするスタートラインに立つ。様々なセクションを設け、 全スタッフをなんらかの部門責任者にし、プロフェッショナルの育成を図る。この時 期和田は、化粧品やエステティックといったアウターケアの限界とインナーケア(食 美容)の重要性に気づき、西洋医学、栄養学、東洋医学、食養生学を学び続け、外側 ケアで効果の出にくいお客様を中心に食指導を開始して(双方向美容)、「真の美しさ の根源は食にあり」という確たる信念をもつ。

2007

「雑穀エキスパート」資格取得、「食育事業部」発足、「WAKO 雑穀」発売 和田は各分野において学びながら独自の内面美容法を構築する中、日本最古の穀物(雑 穀)に出会う。個性豊かな雑穀は日本人の美しさを輝かせる魅力に満ちていた。雑穀 エキスパート取得後、間髪入れずに高品質の雑穀を探すため生産者を訪ね歩くとともに、 雑穀のオリジナルブレンド開発に着手。和田の開発したオリジナルブレンド商品は発 売まで1ヶ月という猛スピードで、晴れてWAKO 雑穀(美容雑穀= 美肌、ダイエット、 デトックス、および処方雑穀)として誕生する。(同時に処方雑穀、美容雑穀は商標登 録を取得する)
Hospital beauty salon へ

2008

「雑穀アドバイザー」資格取得、和田は食育美容家として活動。 サロンはライフスタイル提案型へ 和田がサロン運営の傍ら「健康・食育シニアマスター」取得、「雑穀アドバイザー」合格、 「マイ穀スタイリスト講座」監修者兼主任講師を務めるなど、食育美容家としての活動 範囲を急ピッチで広げていく。これにより食の重要性を説く美容家はもとより、教育、 ファッション、外食、栄養管理、人材育成など多方面からの賛同者を得る。食育事業 の新展開と同時に、サロンは社の理念を表現する場=舞台と捉え、小規模会議を頻繁 に行って意見交換を重ね、変革できるサロンの体制整備を行う。ビューティー食体験 会の実施、スタッフへの食育資格推奨制度など、まずは本格的な食美容に取り組むと ともに、お客様が人生を美しく謳歌できる支援力の向上、「ライフスタイル提案型サロ ン」への変革を推し進める。

2010

掲載・協賛情報 8/11発売「ウチがいちばん」静岡版に掲載されました。

2014

「雑穀ブレンドステーション」オープンへ。 東京に新たな提案拠点オープン。